運ばれていったキノコを呆然と見送ったあとはどうすればわからずその場で立ち尽くしていた。
学生さんは誰もいなくなった陣痛室を一人で片付けていた。
声をかけることはできなかった。
何が起きたのか?
思考停止になっていて放心状態だ。
目の前をキノコが通るときに看護師さんが何やら説明をしていたようだったが自分には聞こえてなかった。
数分経ったころ一人の看護師さんが廊下を走って戻ってきた。
そしてキノコが緊急の帝王切開になったこと聞いた。
聞こえてなかったがさっきの説明はそのことだったようだ。
手術中のキノコを待つ場所は産科の中にはないので産科病棟入り口の外で待つように言われた。
そこで待っていれば30分ぐらいしてから最初にポツイチが戻ってきて、その1時間から2時間後にはキノコが戻ってくるという説明を受けた。
産科病棟の入り口に移動し椅子に座る。
顔をあげると反対側には新生児室があってガラス越しに産まれたての赤ちゃんが見えている。
こっちはただ待つこと以外にすることは無いが、頭の中は真っ白で何かを考える事すらできないでいた。
しばらくしてキノコのお母さんに連絡をすることを思いつく。
電話をかけると「キノコは生きてるの?」というのが最初の台詞だった。
「ハッ」とした。
そうだ、なぜこんなにも自分の頭の中で思考停止が続いてしまっているのかがわからなかったが、それは万が一のキノコとポツイチの死の可能性を感じてしまっていたからだとその時やっと気が付いた。
頭の中を整理して、キノコが帝王切開になり手術中でポツイチはそろそろ出てくるという事を伝えた。
するとキノコのお母さんはキノコが心配だしポツイチにも会いたいから今から病院に向かうといってくれた。
午後2時15分だった。
産科病棟の入り口にもどり椅子に座って待つ。
2時から面会が可能になったので大勢の人たちが新生児室の赤ちゃんをガラス越しで見ていた。
それを眺めながら時間が経つのを待つ。
冷静に冷静に。
午後2時50分
目の前の景色はかわらない。
既にキノコが運ばれてから40分以上は確実に経っていると確信していたので手を消毒し病棟内に入り入り口付近に座っていた看護師に聞いてみた。
「ポツイチは30分前後で出てくると聞いているがまだ来ないのは何かあったからですか?」と
「確認してお知らせしますので入口のところで少しお待ちください」とのこと
再度、産科病棟の入口にもどり椅子に座って待つ。
しばらくして見覚えのある看護師さんが来た。
その人の話は、ポツイチはキノコのお腹からは出て大きな声で泣いたが、今はNICUにいる。
そのことで後ほど小児科の先生から詳細な話しがある。
キノコの帝王切開手術は無事に済んであと30分ぐらいでここを通るということだった。
勉強不足でNICUという言葉は初めて聞いたがICUは聞いたことがあったのでポツイチに何かあったことは想像はできた。
キノコの手術が無事済んだことは良かったが、ポツイチのことが心配で色々なことを考えてしまっていた。
午後3時15分
キノコのお母さんとおばあさんが到着した。
わかっていることを説明しキノコがそろそろ出てくることを伝えた。
廊下のこちらと向こうでは空気の重さが全く違う。
向こう側では、元気に生まれた新生児室の赤ちゃんの様子をガラス越しで見ている人たちの歓声もあがり賑やかだが、こちら側はキノコの無事がわかっているとはいえ、ポツイチのことがあり暗い。
無事に生まれた側とそうではなかった側
この位置関係の構図は、きっと何年にもわたって何回も続いてきたんだなと感じた。
午後3時50分
キノコがストレッチャーに乗って目の前を通過した。
お母さんたちが近づき話しかける。
穏やかな顔をしている。
大丈夫そうだ。
やっと安心できた。
キノコが目の前から連れ去られてから、たったの2時間だったが本当に長い2時間だった。

