朝4時に電話が鳴った。
キノコからだった。
陣痛が始まったので来て欲しいとのこと。
悲鳴の混じった声だった。
電話の向こうのキノコの顔が想像できた。
10分ぐらいで支度を済ませ飛び出した。
病院に着いたが救急用の入口の扉が開かない。
インターホンを鳴らし守衛さんに名前と事情を伝えると開けてくれた。
セキュリティーのためには当たり前のことなのだろうが、こっちは超絶あせっているのでもどかしかった。
ダッシュで産婦人科の病棟へ向かうもまた入口の扉が開かない。
ここでもインターホンだ。
ここでも名前を告げる。
扉が開くと助産師さんが走ってきて陣痛室の場所を教えてくれた。
廊下を走りコーナーを曲がり部屋に飛び込むと
キノコが今まで聞いたことのないボリュームで叫び、うずくまりながら痛がっていた。
「やべえ これが本物の陣痛だ」
部屋にはベッドが6台あったが今日陣痛でいるのはキノコだけ。
あと助産師さんと学生さんが1人 慣れたもので二人は落ち着いてる。
横たわるキノコの腹にはベルトが二つ巻かれていて、ひとつは胎児の心拍数を計るため、もうひとつはキノコの陣痛の度合いを計るものだ。
ノンストレステストと同じ機器(分娩監視装置) のようだが今回はノンストレスではない。
キノコは超ストレス状態(陣痛)だ。
機械を通して部屋中にポツイチの心拍音が響く。
表示されている心拍数は160 大人と違いかなり早い。
データはモニターにアナログ波形とデジタル数字で表示されていて同じものが紙に記録されて出てきている。

キノコの悲痛な叫びが大きくなり始めると波形も上がってくる。
可哀そうで見ていられないが、それを合図に腰をさする。
キノコが痛みで息を止めてしまわないように
「ふう~~~~~~~~~」と耳元で声を出し一緒に息を吐く
その時に 左手で腰をさすり右手でテニスボールを肛門にねじ込む
それ以外は何もできない。
ただそれの繰り返し。
目の前でキノコが叫び続けているのに出来ることはそれだけ。
自分にとって本当につらい時間が続いた。
9時になって産婦人科医が子宮口の開き具合をチェックしに来た。
結果は、まだ6,0㎝
ずっとキノコの痛がる様子を見てきたのであまりの狭さに動揺は隠せない。
出てこれる目安の9~10㎝になるまであとどれくらいかかるのか?
今日中に産まれるのか?
キノコは耐えられるのか?
そんなことをテニスボールを押し当てながら考えてたと思う。
少し驚いたのは、働いている人たちが淡々と仕事をこなしていたことだ。
彼らプロにとっては日常的なことなので当たり前といえば当たり前だが、泣き叫ぶキノコを見ても誰も表情も変えず過ごしている。女性は強い。
11時頃に再度お医者が子宮口の様子などをチェック。
結果は6.5㎝
当然この2時間の間もキノコはずっと陣痛に襲われていたが結果は+0.5m
この現実を目の前で痛みにのたうち回るキノコには伝えられなかった。
昨日から破水もしていたため昨夜の説明どおり、12時から陣痛促進剤を投与していくことを産科の医師に伝えられた。
キノコにはかつて喘息があったのでオキシトシンという点滴タイプのものを使用することになった。
陣痛促進剤の投与が始まると、すぐにキノコの様子が変わってきた。
痛がりかたが尋常じゃない。
叫び声の音量は今までの倍になり、苦しみ方も今までの倍以上、モニターに映される波形も上に張り付いて中々落ちてこない。
悶絶するキノコの陣痛に合わせて
「ふう~~~~~~~~~」
と耳元で大きな声を出して呼吸をするように促し一緒に息を吐き、右手でテニスボールを肛門にねじ込む 。
どんなにキノコが痛がっていてもやれることがこれしかないのが本当につらい。
目の前でキノコが叫び続けているのに出来ることはそれだけ。
それ以外は何もできない。
つらい時間がなおも続いた。
30分後(12時30分)
検温とともに陣痛促進剤の点滴の量が少し増やされた。
キノコは促進剤の影響で痛みも増し陣痛の間隔も短くなっていて本当に苦しんでいた。
激痛に耐えられず暴れて体を動かすので測定器のベルトが外れる。
それを助産師と学生さんとで着けなおすという作業がこのくらいから繰り返し続いた。
ベルトが外れるとポツイチの心拍数が計れず何もわからない。
160前後を表示していた計器には何も表示されず、それまで部屋中に響いていたポツイチの心拍音も聞こえなくなってしまう。

そしてキノコの陣痛の間隔や痛さの度合いも全くわからなくなってしまう。
このベルトはとても重要なんだ。
さらに30分後(1時00)
また促進剤の点滴の量が増やされた。
しばらくするとキノコの痛がる様子が今までとはあきらかに違って来た。
ベッドサイドのパイプを握りしめ狂ったように叫び・哭いている。
自分の経験値ではこんなになってしまった人間を見たことがない。
見ているこっちが恐怖をおぼえるほどだ。
そう感じた私は
「この状態はおかしくないですか? 産まれそうなときは皆さんこんなものですか?」とたまらず助産師に聞いてみた。
「みなさん、こんなものですよ」
返事は軽いものだった。
「分娩室に行ったらどうなるんだろう?」
「キノコもオレも耐えられるのか?」
一瞬思った。
30分後(1時30分)
検温と陣痛促進剤の点滴の量が少し増やされた。
この時、少し看護師や助産師の表情が真剣モードに変わったのに気が付いた。
その後、先生も入室してきて何やらブツブツと話しあっていたが退室。
今まで通りに戻った。
その10分後
キノコをテニスボールで押しながらモニターに目をやった時、ポツイチの心拍数がみるみると下がっていくのを目撃した。
160前後を表示していた機械の数値は見ている間に
140
100
80
60
と下がり、力強く響いていた心拍音も間隔があき弱々しくなっていった。
下がる途中で異常を知らせるアラーム音を機械が大音量で発生させると、助産師がエマージェンシースイッチを「バン」っと叩いた。
モニター越しにポツイチの心拍数の低下を告げられると数名の看護師が駆け込んできた。
そして、医師・看護師・医師・看護師と目まぐるしく人が入ってくる。
何やらみんなしゃべっているが良く聞き取れない。
バタバタと廊下を走る音、院内用の携帯電話で状況が説明される声、機器などを準備する音が入り乱れていた。
オレと学生さんは看護師さんに少し離れているように促されて、部屋の隅に。
廊下には既にストレッチャーが運ばれきていて数名の看護師さんが準備・待機していた。
部屋の中から
「ストレッチャー入って」と声がかかる。
そして部屋に入ったストレッチャーはキノコを乗せて出てきた。
長い廊下だ。
30メートルはあるだろうな。
陣痛室から出て看護室・分娩室の前を通り越しその先の扉の向こう
そこに大勢を引き連れてキノコは消えていった。

